カテゴリ:ニュースレター( 30 )

スペースF ニュースレター(2011年12月号)

みなさまこんにちは。
少々遅くなりましたが、スペースFのニュースレター2011年12月号です。

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by spacef | 2012-02-08 19:17 | ニュースレター

あべひろみ「住基ネットにNO!」(ニュースレター2011年6月号)

 今回の選挙で、国立では佐藤一夫さんが市長になりました。佐藤さんは「当選したらすぐに住基ネットに接続する」と言っていました。しかし、再接続するには切断中のデータの確認、個人情報を漏えいしないためのシステム作りをしなければならず、早くても来年1月の実施になりそうです。 国家による個人情報の把握、個人情報漏えい、役に立たない制度、莫大な費用の無駄を考えると、住基ネットはつなぐべきではないとあらためて思います。

 そこで、住基ネットがつながれた2002年8月に当時の国立市民がどんな方法で反対の意思表示をしたのかを思い出してみます。まず、個人番号が送られてきた封筒に「受け取り拒否」と書いて返送しました。市役所へ返しに行った人もいました。反対の意見を伝えるために窓口に電話、FAX、メールした人もいました。多勢来るので事務に支障が出たほどだったとのこと。個人情報保護審査会に不服審査を申し出た人もいました。市長の部屋にも押しかけました。そして12月、切断が実現しました。当時の上原公子市長の英断でした。佐藤市長にはこれ以上の意思表示をしなければならないでしょう。

 今、政府は住基情報以上の資産や健康状態まで把握するシステムを作ろうとしています。個人情報が丸見えの社会はイヤです。
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by spacef | 2011-07-02 17:58 | ニュースレター

遠藤良子「「福島にいてはいけません!逃げて下さい!」 という叫び~その1~」(2011年6月号)

 6月16日~18日、2泊3日で福島県に行ってきた。

 1ヶ月程前にたまたま紹介されて出会った方が、福島から引っ越してくるときいて、その経緯やご家族の思いまた周辺の人たちの様子などを聞かせていただき、そんなことになっているのかと思い現地で直接聴いてみたいと思った。原発事故直後に国立から西へ脱出した人がいるくらいだから、福島からの脱出に何の不思議もないがその方のお話だとすでに原発の危険性や避難するという話は現地では禁句になっているときき驚いたからだ。

 国も東電も「大丈夫、心配ない」というのだから安全なのだ。それを今更不安を煽り、危険を叫ぶなんて『人心を惑わす不貞の輩』だという空気があるという。それをきいて、本当にそんなことになっているのか?色々な事情で引越しは困難な人も多いだろう。仕事がなければ生活もしていけない、心情的にも、それまで暮らしていた地を去るのは辛いことであるのは当然だ。人間関係やその土地や家への愛着も捨てていかねばならない。

 しかしだからといって「安全」だと思うかどうかは別のこと。本当は恐い、逃げたい、でも逃げられないというのが本音なのではないか?

 私はDV被害者支援をしているが、当事者がにげる時加害者が拘束されるのでなく、被害者がすべてを捨ててどこまでも隠れて逃げなければならない。その理不尽さにいつも憤りを覚えるが、とにかく身の安全を確保するには現状ではそれしか方法がない中で、やむを得ずの選択を強いられる。それを決断せねば一生暴力に耐えて生きるしかない、もしかしたら殺されるとなれば、逃げるしかない。放射能の恐怖もそれと変わらないのではないかと思えたが、目に見えないとりあえず今痛くもない臭いもしない、形のない放射能に怯えて逃げるなんて、国が大丈夫というのに、という話になるのか、何ということか?!

 そういえばDVだってそれまでは、夫婦喧嘩だとか家庭内のことといわれ社会的問題として取り上げられず10年程前にDV防止法ができてやっと社会問題になり公的な救済対象になったばかりであることを思えば同じなのかと思う。夫が妻を殺しても、親が子を殺しても罪が軽かった時代があった。もっと大きく見れば、戦争では、国が人々を殺しても聖戦といって正当化される社会にあって、「自然災害の震災・津波」のせいで原発事故がおこり、被害が出ても、見えない放射能から逃げるなんてそこにしかいられない人を見捨てる我儘だという論理が出てきても不思議はない。そんなことを色々考えながらやっぱり行ってみたい。間接情報でなく生の風景を見て生の声を聴かなくてはと思い行くことを決めた。

 総動員体制のように「日本は一つ」「今こそ団結」「頑張ろう」という文句が氾濫し、ボランティアが当然のように言われる中で、実際杖をついて歩く私にできることが見当たらないこともあるが、この風潮の中で現地に出掛けていくことに抵抗があったことも確かだ。自分の中で納得して行動したいという思いがあった。逃げようとする人を阻む空気とはどんなものか、その現実を自分でみてきいて感じたいと思った。 (次号につづく)
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by spacef | 2011-07-02 17:56 | ニュースレター

佐々木茂樹「自公派市長のもとでの教育行政」(2011年6月号)

 4月24日に行われた市長選で、現職の関口博氏が敗れ、自民党・公明党などが推薦した佐藤一夫氏が当選した。上原市長、関口市長と12年間続いた「市民派」市長が、自公派の市長に交代する影響は、国立市の教育にとっても計り知れないものがある。
 4年間、教育という政治に直結している問題を通して関口市政に関わってきた者として、市長選についての辛めの感想を述べるとともに、今後の教育行政への影響を考えてみたい。

1.棚ぼた市長の誕生--窮鼠猫を咬む

 昨年暮れから再選への意向を表明していた関口氏は、佐藤氏の出馬表明があっても再選を確信していたであろう。しかし、3月になって共産党が独自候補を擁立することがはっきりすると、関口氏の再選はきわめて厳しいものになった。佐藤陣営にとっては、まさに「棚からぼた餅」の状況であったといえる。(朝日新聞が煽っていた住基ネットは市長選の争点でも何でもなかったのである。)
 この間、関口陣営と共産党の間で話し合いがもたれたり、共産党の独自候補擁立を断念させようとする動きもあったようであるが、結果として3人での選挙となってしまった。
得票数から見ると、関口氏と小沢氏の得票数を合わせれば佐藤氏を上回るものになっており、4年前の市長選と同じ状況が生まれる可能性があったと言える。その意味で、関口氏が負けたということより、自公派市長が誕生したことを残念に思う市民は多いと思われる。
 そもそも、国立で「市民派」の市長を誕生させるために、共産党を含めて統一の候補者を立て、自公派市長との1対1に持ち込むしかないことは当たり前のことではなかったろうか。個人や1つの政党が旗を振っても当選することなどはどだい無理であることは、最初から分かっていたことなのである。

① 佐藤市政誕生の最大の功績者は共産党

 共産党の政策の是非は別として、小沢氏が市長に当選する可能性はゼロと言ってよかっただろう。そのことは共産党自体も分かっていたはずである。3・4・10号線も、駅前開発も、家庭ゴミ有料化の問題もすべてなげうって市長選に負けてもいい独自候補を立てた最大の理由は、「打倒関口市長」であったといえる。そこには、市民生活のレベルをそこそこ維持させていこうという姿勢はまったく感じられない。東京都知事選に小池氏を擁立するのとは訳が違うのだ。
 一方、関口陣営の方はどうかといえば、4年前の関係をご破算にしても共産党が独自候補を立てるとは考えず、「関口ブランド」一色で勝てると判断したのだろうが、関口ブレーンの共産党批判は常軌を逸したものであった。政策の違い以上の感情的なものになっていたといえる。
 4年前の市長選の選挙母体である「これからも市民がつくる国立の会」の解散を決める会合で、わざわざ共産党批判をして対立を煽ってきたことが、結果として共産党をかたくなにさせ、「打倒関口市長」の独自候補擁立を決断させたともいえる。
 もちろん、対立はここ1年でつくられたわけではないだろう。4年かけてお互いが作ってきた対立が、政策上の対立を超え、好き嫌いのレベルの対立になっていったと思われる。そこには、4年前と同じように自公には市長を渡したくないという市民の思いなどは勘定に入らず、立候補された方や応援された方には申し訳ないが、好き嫌いとメンツだけの泥仕合が行われたといえる。そして両者共倒れ。残念なことである。
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by spacef | 2011-07-02 17:54 | ニュースレター

石原みき子「上から目線の安否確認─被災者救援の現場で 役立たない住基ネット─」(2011年6月号)

 住基ネットが災害時に役立つのだと島津隆文元国立市長候補がブログに書いている。いわく「東北では『住基ネットが被災地を救った』、そうある役所が言っていました。津波でシステムも壊れ、戸籍簿も住民票も流された。住民の身元を確認するものがなくなってしまった。でも、住基ネットの情報は県のホストコンピュータに保存されていたのです。これで、なんとか被災の住民の確認ができた。その点、住基ネットを切っている国立市では、災害が起きたらどうするのか。おかしい! そう心配されましたよ。」

 いみじくも「住民の身元を確認するものがなくなってしまった。」と彼は書く。ここに目の前の個人より、書類による管理を優先する視点がある。どの町のどこに住んでいたかは被災者本人に聞き、各避難所でリストを作れば良い。相手がどこの誰かということを正す必要があるのは、相手を疑っている場合だ。被災してないのにわざわざ被災者を装い、おにぎりをもらって体育館で寝たい人が居るというのか。それとも遠方から家族や友人宅を訪ねた人や旅行者、住民票の無い路上生活者を避難所から追いだしたいのか。

 個人の事情を忖度しない管理の方向からの安否確認では、良かれと思って他人の情報をやすやすと出すということが起こる、「○○さんなら、□□避難所にいますよ!」。これでは、ストーカーやDVによる被害者は安心して避難生活も送れない。身を守るために本名を出さない選択をすれば、住民票による身元確認の対象外になる。

 さて本来の役所の仕事、適切な住民サービスの提供のために、住民票に基づき住民全体の安否確認をしたいという役所の需要はある。これと、親しい人の安否を確認したいという思いには180度の方向の違いがあるが、意図的に混同され、この機に乗じて住基ネットの必要性として語られるのが問題だ。

 住民票は住民がサービスを受けるために預けている個人情報であって、住民管理、ひいては監視とコントロールの手段に使わせてはならない。ネットからの個人情報漏洩事件がしょっちゅう起こる現実があるなか、病歴や納税額などの情報追加も取りざたされるがとんでもない話だ。国がやることだから間違いないというのが「安全神話」にすぎないのは、「消えた年金」や「原発」を思い起こすだけで充分だろう。

 なお関口博元市長の話によると、国立市の住民基本台帳は定期的に電子データの写しを遠隔地(場所は非公開)に送り安全に保管してあるとのこと。コンピュータの無かった時代から津波や地震はあったのだから、先人たちは手だてを打ってきたということだ。
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by spacef | 2011-07-02 17:52 | ニュースレター

岡田健一郎「ドイツから見た震災と原発事故」(ニュースレター2011年6月号)

地震発生

 私が東日本大震災のことを知ったのは、地震発生から約1時間のことでした。というのも、今年の3月1日から私はドイツのフランクフルトという都市に滞在していたのです。時差のためドイツは日本よりも8時間ほど遅れています。地震が発生したのは日本時間で14時なので、ドイツでは6時となります。だから地震発生時、私はまだ寝ていたのでした。その日の朝7時過ぎに起きた私は、いつものようにまずインターネットを開き、ようやく地震のことを知ったのです。

ドイツでの報道

 地震後にドイツでまず変わったのは、テレビニュースです。それまでテレビで日本のニュースを見たことはほとんどありませんでした。ところがニュース専門チャンネルは、ドイツの天気予報以外、ひたすら日本の地震のニュースだけを流し始めたのです。といっても、日本に特派員を駐在させている局は少なく、当初の映像はNHKの海外放送などを翻訳したものがほとんどでした。畑や仙台空港に津波が押し寄せる映像と、千葉県の石油コンビナートの火災の映像が(恐ろしいBGM付きで)繰り返し流され、まるで日本全体が壊滅したような感覚を味わいました。そしてその恐怖は、福島原発の事故で一層加速したのです。ドイツでは元々環境問題や原発への関心が強く、また、チェルノブイリ事故の影響を身近で受けた国です。「AKW(原発)」「super-GAU(最悪の原発事故)」そして「FUKUSHIMA」という文字がテレビ画面で何度も流れました(ちなみに天皇の被災地訪問も報道され、「Kaiser」と呼ばれていました。本来は「皇帝」を意味する単語ですが、「天皇」にあたる適当なドイツ語がないのです)。そして震災当初の報道は「日本人は忍耐強い」という賞賛だったのが、次第に「日本は大丈夫なのか?」という疑問に変わっていきました。

ドイツ政治の反応

 原発事故後、ドイツ全土で反原発デモが起こり、25万人が参加したとされています。そして3月下旬に行われた州選挙(州は、ほぼ日本の都道府県にあたる地方自治体と考えて下さい)では、約50年間保守政権が続いてきたバーデン=ヴュルテンベルクというドイツ南西の州でキリスト教民主同盟(日本の自民党みたいな政党)が大敗し、緑の党と社民党が連立政権を組むという前代未聞の結果となりました。中央政府は衝撃を受け、結果として2022年までに原発を全廃する政策へと転換したことは、最近日本でも報道されました。
 ドイツでさえこのような状況なのだから、きっと日本でも大きな反原発デモが起こっているに違いないと思い、私はインターネットで日本の状況を調べました。そしてようやく見つけたのは、東京で約300人のデモがあったというニュースでした。私は、人数が1ケタ間違っているのではないかと思いましたが、地震・津波が起こったばかりだし、東京でも計画停電や物資の不足が起こっているというから、みんな生活に大変でデモどころではないのだろう、と考え直しました。

日本に帰国して

 そして4月1日に帰国した私は、東京が「普通」であることに驚きました。震災前と違うことといえば、電車内の電気が暗いことと、コンビニの商品が若干少なめなこと。電力不足というわりに、自販機では普通にジュースが買える。ここから200キロしか離れていない福島で今も原発事故が続いているのに、なぜ皆こんなに「普通」に生活できるのだろうか? 事があまりに深刻過ぎて、東京の人々は心配するのに疲れ、飽きてしまい、原発事故を忘れようとしているのではないか? 成田空港から国立に戻る途中の電車内で、乗客がいつも通り会話していた(ように見えた)ことの方が、私には原発事故よりもはるかに恐ろしく思えたのでした。
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by spacef | 2011-07-02 17:51 | ニュースレター

大成功!くにたち・くるくる&居酒屋F 5月10日(火)5:00pm~開催

お試し開催の「くにたち・くるくる」と、久々開催(1年ぶり?)の居酒屋Fは大盛況でした。

●「フリーマーケット」から「くるくる」へ!
フリーマーケットはリユーズ活動としてすっかり世の中に定着しましたが
、「要らなくなった物を売って、ちょっとお小遣い稼ぎしてお得感!」ってのが
出店者のモチベーション。モノの価値より貨幣価値へのとらわれがやや強いような気がします。

「くるくる」はお金を介在させないやりとり。お小遣い稼ぎはできません。
「豊かさ」の質を変えようという小さな試みです。

お金の介在する「得した」「損した」という感覚から自由になる。
消費の豊かさから、分かち合いの豊かさへ! 
あふれすぎている「モノ」を地域で回転させる地産地消のエコイベント! 
…で、お金が無くても生きられる希望社会へのワンステップ (^ ^) です。

なんと、持ち込み品の8割りがたは貰い手が見つかりました。
自分に取って価値あるモノを、誰かにお勧めするのに、みな熱心!
 「安いよ、持ってって」…じゃないんです。
「これ良いよ! 似合うよ、役立つよ!」。
お金が介在しないモノのやり取りで味わう、なんとも違う感覚。
次回はあなたもどうぞ! 
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●美味しかった居酒屋F
引き続く居酒屋Fは、食べ研の食材のお料理、豪華かつヘルシー。
会費1000円で大皿料理とビール、デザートまで付いてみんな大満足!
地域の交流と新たな出会いの場は、この不穏当なご時世にとっても貴重だと感じます。
図師さん、三浦さん、中西さん、メニュー作り&調理ありがとう!!
Fの純益は3000円でした。(み)

次回の「くにたち・くるくる」+居酒屋F は、8/27(土)Fの総会と合わせて開催します。
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by spacef | 2011-07-02 17:48 | ニュースレター

宗像 充「2011年の卒入学式」 (ニュースレター2011年6月号)

 山の雑誌の仕事を再開するようになり、最初に任せられたのが震災時に登山者の持つ力がどういうふうに役立つのかという趣旨の特集だった。原発事故や紙不足で雑誌が出せるかどうかわからない時期の企画だったので、それなりに思いもあってよくまとまったと自分では思ったのだけれど、ゲラを見て驚いた。タイトルとかに日の丸っぽい丸がくっついてデザインされている。白黒だから見て見ぬふりをしていたけど、最終校正ではばっちり日の丸だってわかった。デザイナーさんは今回はじめていっしょに仕事をする人で、あれこれ言うのもどうかなあとも思ったのでまんまにしたけど、それは言い訳だろう。別にそんなことで仕事を干される程度のことでもない。なんだか被災地支援っぽい意味合いが少しでもあると日の丸がワンパターンで登場してそれもうんざりだけれど、さらにそれに抵抗しなかった自分に自己嫌悪を感じた。こうやって自己正当化していくのなら、「日の丸」「君が代」強制に反対することも白々しいわけだ。

 なんてことは卒入学式のチラシ配りの前のことで、放射能が気になる中ほんとに式とかやるんだろうかと思ったけれど、予定通り行われた。なんだかばたばたと電話かけをして、日頃運動とは疎遠になっている方々にも連絡したけれど、今年の小学校卒入学式は、全校に人を配置することができなかった。1中付近では未だに警察車両が回ってゴミ箱が出されるようで、これも伝統かと思うけれど、2中では写真業者の方が、アルバム用に撮ってもいいですかとぼくらの写真を写していった。まさかアルバムで採用されることもないと思うけれど。子どもたちは受け取ったり受け取らなかったり、自分で考えて判断している人もいるので、それはそれで続けてきた成果かもしれない。

 チラシの内容は、原発事故後の東電の人たちのことを指して、偉い人たちの言うことが正しいとは限らないという趣旨のことだったと思う。なんだか「日の丸」「君が代」と結びつけるのは強引かなあと笑ったけれど、よく考えれば、というかよく考えなくても言っていることは的を得ている。

 登山者が被災時に試される能力というのも、結局は判断力だということで、人の言うことを鵜呑みにして従うだけで、自分の身を守れることもないという趣旨のことを書いた。で、デザイナーさんに文句を言わなかったぼくは、その能力は相当に劣っていたということになるなあと、悲しくなりはする。東京にそのころも住めるなら、来年も忘れずにチラシを配ろう、と思った。
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by spacef | 2011-07-02 17:43 | ニュースレター

表紙の言葉(スペースFニュースレター2011年6月号)

 3・11東日本大震災から3ヶ月以上経ちましたが、みなさんは震災発生時、どこで何をしていましたか?私は自宅にいました。つけっぱなしのテレビから突然、不気味な警報音が聞こえ、続いて激しく長い揺れに見舞われました。急いで食卓の下へもぐり、余震に襲われながら見たテレビ映像に言葉を失いました。黒い津波が畑やビニルハウスを容赦なく襲っていたのです。今まさに津波に呑み込まれている人々が画面の向こうにいて、片や無傷の私がここにいる。そのギャップに茫然とするばかりでした。

 その後、福島第一原発1号基が爆発したことを知り、絶望感に襲われました。もはや放射能汚染のない食べ物や水はなくなるのだと。古長谷稔(こながやみのる)著『放射能で首都圏消滅』(2006)には、東海地震によって浜岡原発が原発震災を起こした時に放射能から身を守る方法が書かれています。この本を数年前に読んだ私は、日本で最も危ない原発は浜岡だと思っていたので、福島原発のことはノーマークというか、恥ずかしながらその存在を知りませんでした。

 今、首都圏の人々の暮らしは、一見、震災前に戻ったかのように見えます。しかし、原発は収束の目途がいまだに立っておらず、放射性物質の流出が続いています。下水処理施設から出る汚泥に高濃度の放射能汚染が確認され、育ち盛りの子どもを持つ親にとって、安心して子どもを育てることのできる環境を取り戻すことはできるのか、どうすれば子どもの被曝を最小限にできるのか悩ましい問題です。

 福島の子ども達は、文科省の定めた基準値20ミリシーベルト/年のために避難できず、首都圏とは比べものにならない高濃度に汚染された地域で暮らすことを強いられています。子どもは放射能に対する感受性が高いので、早急に子どもの被曝低減策を講じる必要があります。そういった放射能に関する正しい知識が広く人々に行き渡っていないことはとても残念です。25年前のチェルノブイリの教訓を生かして子どもを放射能から守らなくては。子どもが先に死んでいく悲しい事態を5年後、10年後に引き起こさないために。
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by spacef | 2011-07-02 17:42 | ニュースレター

ニュースレター2009年10月号

 季節はすっかり秋。今年の夏を振り返ってみると、来る日も来る日もどんよりしたお天気が続き、子どもらはプールに入れないし、お百姓さんは日照不足に悩まされました。そして新型インフル騒ぎ。今では当たり前のように公共施設等の出入口には消毒液が置かれています。我が子の通う学校にも消毒薬はありますが、インフル流行の波は回避できなかったらしく、ついに学級閉鎖が出たとのお知らせがありました。なにせウィルスは陶器をも通過すると、どこかで聞いたことがあります。え?じゃマスクって気休め?!けれど子どもにマスクを携帯させるよう学校からのお達しが。マスク製造業者の陰謀に躍らされてはならぬっ!と思いつつも、喉が痛い時はするとラクだしと思い、薬局にマスクを買いに走りました。すると子ども用は売り切れ。店員さんいわく品切れのため入荷できないと。夏なのになぜインフル流行???と思ってしまいます。
 そしてこの夏忘れてはならないのは政権交代!これから私たちのくらしはどう変わっていくのでしょうか。


◆2008年度スペースF活動報告(2008年8月~2009年7月)
  08年8/2   総会・7周年記念イベント
      9/27  連続講座「格差教育の現在~第4回 特別支援教育」
              講師:山田真さん(ピースウィーク賛同企画)
     11/3   砂川まつり参加
     12/27  大そうじ・居酒屋
  09年2/11  「あきらめない-続・君が代不起立」上映会&居酒屋
     5/23  学習会「七生養護で何が起こったか」 講師:木村真実さん

【Fニュース発行】  №12 2008年10月
             №13 2009年2月
             №14 2009年4月
             №15 2009年7月

◆2009年度スペースF活動予定 (2009年8月~2010年7月)
  8月8日  総会・8周年記念イベント(済)
  11月3日  砂川まつり参加
  ※学習会(未定) …実行委員会を募り、企画します

【Fニュース発行予定】    
       10月・12月・3月・5月・7月(5回)
       ※『くにたちの教育・市民版』を同封します
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by spacef | 2009-10-12 10:27 | ニュースレター