石原みき子「上から目線の安否確認─被災者救援の現場で 役立たない住基ネット─」(2011年6月号)

 住基ネットが災害時に役立つのだと島津隆文元国立市長候補がブログに書いている。いわく「東北では『住基ネットが被災地を救った』、そうある役所が言っていました。津波でシステムも壊れ、戸籍簿も住民票も流された。住民の身元を確認するものがなくなってしまった。でも、住基ネットの情報は県のホストコンピュータに保存されていたのです。これで、なんとか被災の住民の確認ができた。その点、住基ネットを切っている国立市では、災害が起きたらどうするのか。おかしい! そう心配されましたよ。」

 いみじくも「住民の身元を確認するものがなくなってしまった。」と彼は書く。ここに目の前の個人より、書類による管理を優先する視点がある。どの町のどこに住んでいたかは被災者本人に聞き、各避難所でリストを作れば良い。相手がどこの誰かということを正す必要があるのは、相手を疑っている場合だ。被災してないのにわざわざ被災者を装い、おにぎりをもらって体育館で寝たい人が居るというのか。それとも遠方から家族や友人宅を訪ねた人や旅行者、住民票の無い路上生活者を避難所から追いだしたいのか。

 個人の事情を忖度しない管理の方向からの安否確認では、良かれと思って他人の情報をやすやすと出すということが起こる、「○○さんなら、□□避難所にいますよ!」。これでは、ストーカーやDVによる被害者は安心して避難生活も送れない。身を守るために本名を出さない選択をすれば、住民票による身元確認の対象外になる。

 さて本来の役所の仕事、適切な住民サービスの提供のために、住民票に基づき住民全体の安否確認をしたいという役所の需要はある。これと、親しい人の安否を確認したいという思いには180度の方向の違いがあるが、意図的に混同され、この機に乗じて住基ネットの必要性として語られるのが問題だ。

 住民票は住民がサービスを受けるために預けている個人情報であって、住民管理、ひいては監視とコントロールの手段に使わせてはならない。ネットからの個人情報漏洩事件がしょっちゅう起こる現実があるなか、病歴や納税額などの情報追加も取りざたされるがとんでもない話だ。国がやることだから間違いないというのが「安全神話」にすぎないのは、「消えた年金」や「原発」を思い起こすだけで充分だろう。

 なお関口博元市長の話によると、国立市の住民基本台帳は定期的に電子データの写しを遠隔地(場所は非公開)に送り安全に保管してあるとのこと。コンピュータの無かった時代から津波や地震はあったのだから、先人たちは手だてを打ってきたということだ。
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by spacef | 2011-07-02 17:52 | ニュースレター