岡田健一郎「ドイツから見た震災と原発事故」(ニュースレター2011年6月号)

地震発生

 私が東日本大震災のことを知ったのは、地震発生から約1時間のことでした。というのも、今年の3月1日から私はドイツのフランクフルトという都市に滞在していたのです。時差のためドイツは日本よりも8時間ほど遅れています。地震が発生したのは日本時間で14時なので、ドイツでは6時となります。だから地震発生時、私はまだ寝ていたのでした。その日の朝7時過ぎに起きた私は、いつものようにまずインターネットを開き、ようやく地震のことを知ったのです。

ドイツでの報道

 地震後にドイツでまず変わったのは、テレビニュースです。それまでテレビで日本のニュースを見たことはほとんどありませんでした。ところがニュース専門チャンネルは、ドイツの天気予報以外、ひたすら日本の地震のニュースだけを流し始めたのです。といっても、日本に特派員を駐在させている局は少なく、当初の映像はNHKの海外放送などを翻訳したものがほとんどでした。畑や仙台空港に津波が押し寄せる映像と、千葉県の石油コンビナートの火災の映像が(恐ろしいBGM付きで)繰り返し流され、まるで日本全体が壊滅したような感覚を味わいました。そしてその恐怖は、福島原発の事故で一層加速したのです。ドイツでは元々環境問題や原発への関心が強く、また、チェルノブイリ事故の影響を身近で受けた国です。「AKW(原発)」「super-GAU(最悪の原発事故)」そして「FUKUSHIMA」という文字がテレビ画面で何度も流れました(ちなみに天皇の被災地訪問も報道され、「Kaiser」と呼ばれていました。本来は「皇帝」を意味する単語ですが、「天皇」にあたる適当なドイツ語がないのです)。そして震災当初の報道は「日本人は忍耐強い」という賞賛だったのが、次第に「日本は大丈夫なのか?」という疑問に変わっていきました。

ドイツ政治の反応

 原発事故後、ドイツ全土で反原発デモが起こり、25万人が参加したとされています。そして3月下旬に行われた州選挙(州は、ほぼ日本の都道府県にあたる地方自治体と考えて下さい)では、約50年間保守政権が続いてきたバーデン=ヴュルテンベルクというドイツ南西の州でキリスト教民主同盟(日本の自民党みたいな政党)が大敗し、緑の党と社民党が連立政権を組むという前代未聞の結果となりました。中央政府は衝撃を受け、結果として2022年までに原発を全廃する政策へと転換したことは、最近日本でも報道されました。
 ドイツでさえこのような状況なのだから、きっと日本でも大きな反原発デモが起こっているに違いないと思い、私はインターネットで日本の状況を調べました。そしてようやく見つけたのは、東京で約300人のデモがあったというニュースでした。私は、人数が1ケタ間違っているのではないかと思いましたが、地震・津波が起こったばかりだし、東京でも計画停電や物資の不足が起こっているというから、みんな生活に大変でデモどころではないのだろう、と考え直しました。

日本に帰国して

 そして4月1日に帰国した私は、東京が「普通」であることに驚きました。震災前と違うことといえば、電車内の電気が暗いことと、コンビニの商品が若干少なめなこと。電力不足というわりに、自販機では普通にジュースが買える。ここから200キロしか離れていない福島で今も原発事故が続いているのに、なぜ皆こんなに「普通」に生活できるのだろうか? 事があまりに深刻過ぎて、東京の人々は心配するのに疲れ、飽きてしまい、原発事故を忘れようとしているのではないか? 成田空港から国立に戻る途中の電車内で、乗客がいつも通り会話していた(ように見えた)ことの方が、私には原発事故よりもはるかに恐ろしく思えたのでした。
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by spacef | 2011-07-02 17:51 | ニュースレター