宗像 充「2011年の卒入学式」 (ニュースレター2011年6月号)

 山の雑誌の仕事を再開するようになり、最初に任せられたのが震災時に登山者の持つ力がどういうふうに役立つのかという趣旨の特集だった。原発事故や紙不足で雑誌が出せるかどうかわからない時期の企画だったので、それなりに思いもあってよくまとまったと自分では思ったのだけれど、ゲラを見て驚いた。タイトルとかに日の丸っぽい丸がくっついてデザインされている。白黒だから見て見ぬふりをしていたけど、最終校正ではばっちり日の丸だってわかった。デザイナーさんは今回はじめていっしょに仕事をする人で、あれこれ言うのもどうかなあとも思ったのでまんまにしたけど、それは言い訳だろう。別にそんなことで仕事を干される程度のことでもない。なんだか被災地支援っぽい意味合いが少しでもあると日の丸がワンパターンで登場してそれもうんざりだけれど、さらにそれに抵抗しなかった自分に自己嫌悪を感じた。こうやって自己正当化していくのなら、「日の丸」「君が代」強制に反対することも白々しいわけだ。

 なんてことは卒入学式のチラシ配りの前のことで、放射能が気になる中ほんとに式とかやるんだろうかと思ったけれど、予定通り行われた。なんだかばたばたと電話かけをして、日頃運動とは疎遠になっている方々にも連絡したけれど、今年の小学校卒入学式は、全校に人を配置することができなかった。1中付近では未だに警察車両が回ってゴミ箱が出されるようで、これも伝統かと思うけれど、2中では写真業者の方が、アルバム用に撮ってもいいですかとぼくらの写真を写していった。まさかアルバムで採用されることもないと思うけれど。子どもたちは受け取ったり受け取らなかったり、自分で考えて判断している人もいるので、それはそれで続けてきた成果かもしれない。

 チラシの内容は、原発事故後の東電の人たちのことを指して、偉い人たちの言うことが正しいとは限らないという趣旨のことだったと思う。なんだか「日の丸」「君が代」と結びつけるのは強引かなあと笑ったけれど、よく考えれば、というかよく考えなくても言っていることは的を得ている。

 登山者が被災時に試される能力というのも、結局は判断力だということで、人の言うことを鵜呑みにして従うだけで、自分の身を守れることもないという趣旨のことを書いた。で、デザイナーさんに文句を言わなかったぼくは、その能力は相当に劣っていたということになるなあと、悲しくなりはする。東京にそのころも住めるなら、来年も忘れずにチラシを配ろう、と思った。
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by spacef | 2011-07-02 17:43 | ニュースレター